歴史から考えてみました

歴史から考えてみました

日本にお墓が浸透したのは仏教伝来当時が関係していると言われております。

死者の魂を供養するという考えから供養塔が登場します。

当初の供養塔は死者を埋没した場所に石を行くという簡単なものでした。

現在の石碑塔はこの頃の供養塔とおかれた石が合体したと考えられています。

その後現代のスタイルになるまでに、独自の発展をしてきています。

永代供養という言葉の登場は1980年代の事ですから、割合歴史的には新しいと言えます。

千葉には歴史的に活躍した有名人とでも言うのでしょうか、名の通った人たちのお墓が数多くあります。

この方々達の中には墓守をするという親族が耐えたという人もいるようです。

千葉だけでなく、全国でも親族が途絶えるという事が多くなっていると言います。

そのため、最近は永代供養が話題を呼んでいる、お願いする人が多いという時代背景があります。

時代背景を考えてお墓を見てみると面白い歴史があると思います。

いつの時代も死者の魂を供養するという気持ちはあるようですけどね。

家を守ると言うことについて

お墓の継承問題、皆さんは考えた事、ありませんか。

田舎者の私は、小さい頃から家を守るという事を言われて育ちました。

思春期になると、その事が溜まらなく嫌になり県外に出ましたが、私の運命なのでしょうね。

今ではしっかりと田舎暮らしをしています。

田舎では家を守ると言うことについて耳にする機会が多くあります。

家を守るという事がどういうことなのか、もちろんその家自体の後継者ということもありますが、一族の家長であり、墓を守るということにも繋がっているようです。

この家長制度については昭和22年、民法の大規模改正時に親族編、相続編が根本的に改正されたために廃止となりましたが、私の周りの高齢者の間では未だにこの家長制度が残っているように感じられます。

最近では墓を継ぐ者がいなくなり、無縁墓となる事も少なくない時代です。

千葉でも永代供養をお願いにくるという人が多くなっていると聞きます。

千葉での永代供養

千葉でもこのような状況なのですから、私の田舎では過疎化が深刻になっていますので、永代供養を選択しているとも聞きます。

家を守る、墓を守るという事にこだわらずとも良いかなとも思えてきます。